Wednesday, October 2, 2013

THE NEW ORDER INTERVIEW


先日ここで紹介したTHE NEW ORDERのインタビュー翻訳できました。

英語を直訳するとおかしくなる部分が多かったので、若干修正しました。

是非読んでみてください。

ちょっと長めですが、、。



THE NEW ORDER Vol.9
INKED LIFE co., ltd. / SOFTMACHINE
KOSUKE YAMAGISHI
INTERVIEW



































N : 小さい頃の話を聴かせて、何処出身で、どんな子だったとか。

K : 生まれは東京なんですけど、幼い頃に両親の都合で千葉に引っ越したんです。
だから物心ついた時はもう千葉にいたから千葉で育ったって感じでしたね。
小さい頃はスポーツが好きで、サッカーやバスケットボールをやっていました。
ファッションに興味を持ち始めたのは、13歳ぐらいの時で、
4歳年上の姉の影響が大きかったですね。
それがきっかけでその頃から渋谷や原宿によく買い物にいくようになりましたね。

N : ファッションの勉強はした?

K : はい。文化服装学院のスタイリスト科に通っていました。
スタイリストになりたかった訳ではないけど、スタイリスト科は、パターン、服作り、
歴史など総合的に学べると聞いていたので、そこを選びました。

N : 今振り返ってみて、文化で学んだことは役立っていますか?

K : う〜ん、そうでもないですね。
その頃自分はそんなにちゃんと勉強してませんでしたから、。
その頃は若かったので結構遊んじゃってましたね。
でも今になっていろいろ学んでますよ。必要にせまられて、、。

N : 卒業してからは?どうしてたの?

K : 渋谷にあるRED WOODってショップで働きました。
当時そのお店は確か3店舗ありましたが、今は1店舗しかないと思います。
いいお店でしたよ。

N : では、SOFTMACHINEはどのようにして始まったの?

K : 私がRED WOODをやめた頃、今のパートナーのTATTOO ARTISTと知り合って、
二人で何か始めたいねって、話してて、自分は洋服のことしか解らなかったし、
彼はTATTOOしかできないって、で、それで自然にSOFTMACHINEが生まれましたね。

N : SOFTMACHINEのオリジナルのコンセプトについて聞かせて。

K : 私たちは自然とTATTOOカルチャーとファッションを組み合わせるようになった。
TATTOOに関しては、アメリカントラディショナル、ジャパニーズスタイル、トライバルなど、
どのジャンルにも興味があり、それらをユニークに組み合わせるように心がけてますね。

N : あなたのデザインアプローチはこの10年でどのように変化しましたか?

K : ブランドを始めた頃はTATTOO グラフィックをベーシックなTシャツや、
フーディに落とし込む事をしてきましたが、
自分の体のTATTOOが増えていくに連れて、シンプルなものを好むようになりました。
今ではTATTOOへの憧れがあっても入れる事のできない人たちへ向けたグラフィックもの、
私のように多くのTATTOOを持つ人たちへのシンプルなものをバランスよく
デザインするよう心がけています。
そしてTATTOOについてですが、
私はTATTOOが入っていますが、ごく普通の生活を送っています。
しかし日本では悪いイメージで見られることが多々あります。
確かに私には多くのTATTOOが入っていますが、私は悪人ではありません。
私にとってTATTOOはファッションであり、姿勢であり、生き方です。
威嚇目的で入れている人々とは正反対の考え方ですね。
10年経った今は私はこう考えています。

N : アメリカと日本ではアウトローなTATTOOシーンと
ファッションとしてのTATTOOバランスを比較してどう思いますか?

K : 大きな違いはアメリカはその土地その土地でシーンが違います。
例えば、カリフォルニアとニューヨークでは流行や考え方も違います。
アート、ファッション、ギャングのアイコンなど、
彼らはそれぞれの場所で個々のシーンを持っているんです。
しかし日本では多くの人々がTATTOOイコール不良と考えているような気がします。
私は日本でも、
もっとファッションやアートとしてのTATTOOの見方があっても良いと思っています。
 私もファッションに興味をもち、モード、ストリート、ヴィンテージなどの
いろいろなファッションを見て、そして着てきました。
しかし何を手にしても、人と同じな気がしてピンとこなかった。
そしてTATTOOを入れようと決めたんです。
これこそ誰も真似することができない究極のファッションだと。
そしてそのTATTOOと服やその他のものとのバランスをとる事が
自分のスタイルとなったんです。
だから今でもTATTOOの存在は自分にとって
ファッションを考える上では欠かせないものとなっています。

N : ではもの作りについて聞かせて。
いつもどこからインスピレーションを受けているの?

K : 普段の生活ですかね。
生地や服作りは学びたいと日々考えていますが、
無理はしないようにしています。
自然な形で少しづつ学んでいますね。
それとシーズンが始まる前はあまりいろいろなファッションを見ないようにしています。
いろいろ見なくても自分には多くの経験があります。
幼い頃に見てきたもの、友人たちと過ごしてきた時間や、聴いてきた音楽、
サーフィンなどのスポーツなど、全てがもの作りに影響を与えていると思います。
それに多くのジャンルの洋服を見てきたし、実際に着てきましたからね。
後は旅ですね。旅行先で会う友人達からの影響も大きいです。
とにかく年をとるに連れて、
無理をせず自然に暮らしてるだけいろいろな事を得られるようになりました。
もの作りに関しては社内のみんなで意見を出し合って話しますね。
あとは生産してくれてる業者の人たちなんかともいろいろ話し合いますね。
そこから得るもの、学べる事も多いですからね。
みんなでブランドを組み立てているって感じですかね。

N : じゃあ今SOFTMACHINEはどんなブランドでありたいと思う?

K : やっぱり、本気なTATTOO好きと、
本気な洋服好きの両方に支持されるブランドですかね。

N : では千葉のお店について聞かせて。

K : SOFTMACHINEを始めたのが11年前で
その一年後に千葉の津田沼にお店を出しました。

N : まだ他にもお店を出そうと考えている?

K : いいえ、今は考えていません。
この10年で多くの人がSOFTMACHINEを千葉のブランドだと認知してくれました。
多くのドメスティックブランドが東京発なので、
千葉で始めて、千葉にお店があることを認知されたことで、
独特な見せ方ができたと思います。
だから千葉のお店はキープしたいですね。
それと東京は洋服屋が多すぎて今は東京にお店を持ちたいとは思いません。

N : 日本のストリートファッションカルチャーは
この10年でどう変わったとおもいますか?

K : 自分がSOFTMACHINEを始めた頃は
ユニークなコンセプトを持ったブランドが多かったせいか、
ブランド自体にお客さんがついていて、
全身一つのブランドで揃えるようなスタイルが多かったですよね。
でも最近はブランド数も多いし、インポートブランドも安くて買いやすいせいか、
みんないろいろなブランドをチョイスするようになった。
ファッションとしては良い事だとおもいますけどね。
あとは10年前に比べて雑誌の影響力はかなり低くなりましたよね。
それってインターネットの影響は大きいでしょうね。

N : ではSOFTMACHINEをアプローチしていく上で、インターネットについてはどう考えますか?

K : インターネットは好きですね。
特にフェイスブックとインスタグラムはよく使います。
ただ使い方には気をつけています。
写真や情報を載せすぎると見ている方もTOO MUCHに感じてしまうと思いますし、
あとは人が見てつまらないものや、
ネガティブな要素を含むものはアップしないようにしています。

N : なるほど、
では最後にSOFTMACHINEの未来について聞かせて。

K : そうですね、
とりあえず今まで通り楽しみながらもの作りをしていきたいですね。
あとは誰もやっていない事、
人が驚くような事をやりたいっていうのは常に考えています。
昨年はSOFTMACHINEの10周年を記念して写真集を作りました。
日本のアパレルブランドで10年のアーカイブで写真集を作ってるとこなんてないですよね。
今年から髭のグルーミンググッズを中心としたブランド
MASTER OF MUSTACHEを始めました。
さて次は何をしましょうかね。

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